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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)1602号 判決

控訴人 蜂巣高義

右訴訟代理人弁護士 宮崎梧一

被控訴人 湯浅秀治郎

右訴訟代理人弁護士 田山睦美

同 真部勉

主文

本件控訴及び控訴人の当審における新たな請求はいずれもこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、控訴の趣旨として、

「原判決中被控訴人関係部分を取消す。被控訴人は千葉県市原市五井字北宿四、九五四番一宅地一〇四、四六平方メートル(三一坪六合)の土地につき昭和三九年一二月一七日千葉地方法務局市原出張所受付第一〇、二四四号をもってした所有権移転請求権保全仮登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との旨の判決を、当審における新たな請求として、「被控訴人は右土地につき昭和四一年四月二六日同出張所受付第四、四三四号をもってした所有権移転登記の抹消登記手続をせよ」との旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴及び右新たな請求につきそれぞれ棄却の判決を求めた。

事実関係

控訴代理人は、請求の原因として次のとおり述べた。

一、本件土地はもと控訴人の所有であったところ、右土地につき昭和三九年九月一〇日千葉地方法務局市原出張所受付第七、三一〇号をもって差戻前の被控訴人福島秀治への所有権移転登記、同月二六日同出張所受付第七、八〇七号をもって差戻前の被控訴人住川博への所有権移転登記、さらに同年一二月一七日同出張所受付第一〇、二四四号をもって被控訴人のために所有権移転請求権保全の仮登記が順次なされ、さらに、本訴提起後である昭和四一年七月二六日同出張所受付第四、四三四号をもって住川から被控訴人への所有権移転登記がなされている。しかし、右各登記は、以下の理由によって、いずれも登記原因を欠き実体上の権利関係に吻合しない無効の登記であって抹消を免れないものである。

すなわち、控訴人は昭和三九年八月下旬福島に対し本件土地を担保に他から融資を受けることの仲介を委任したところ、同年九月上旬福島から「芝信用金庫から融資を受けるについて、同金庫では、本件土地が埼玉県に居住する控訴人の名義になっているよりも東京都内に工場を持っている福島の名義になっている方が都合がよいというから、福島に登記簿上の所有名義を移してくれ」と申入れてきたので、控訴人はこれに同意し、右委任事務処理のために本件土地の登記簿上の所有名義を福島に移転することを約し、売買名義をもって同年九月一〇日上記福島への所有権移転登記を経由した。しかし、同月下旬に至り芝信用金庫からの融資は実現しないことが確定し、また、他からの融資の見込もなくなった。右所有名義の移転に関する控訴人と福島との間の契約は、売買による所有権移転を仮装した通謀虚偽表示による無効のものであって本件土地の所有権は移転せず、従ってまた、右登記も実体上の権利関係に符合しない無効のものである。しかるに、福島は同月二二日住川博に対し本件土地の登記済証、自己名義の登記手続委任状及び印鑑証明書を預けたが、右両名間には本件土地の所有権移転についての合意はなかった。ところが住川はほしいままに右書類を使用して同月二六日福島から住川への所有権移転登記手続を了した。その後同年一二月一七日住川から被控訴人への所有権移転請求権保全の仮登記がなされ、さらに本訴提起後たる昭和四一年七月二一日被控訴人への所有権移転の本登記がなされたのであるが、もともと控訴人と福島との間及び福島と住川との間には所有権の移転がなく、その間の登記も無効のものであるから被控訴人が本件土地の所有権を取得する由もないのである。本件係争の右仮登記及び本登記も実体上の権利関係に吻合しない無効の登記といわざるを得ない。よって、控訴人は被控訴人に対し、右係争仮登記の抹消登記手続を求めるとともに、さらに当審において請求を拡張し、右係争本登記の抹消登記手続をも求める。

二、被控訴人がその主張のように本件土地を住川から買受ける旨の契約をしたとの事実及びその当時被控訴人及び訴外荒木が善意、無過失であったとの事実は争う。

被控訴代理人は、答弁及び抗弁として次のとおり述べた。

一、控訴人主張の請求原因事実中、本件土地が控訴人の所有であったこと、本件土地につき、控訴人主張のように、控訴人から福島に、福島から住川に順次所有権移転登記が、被控訴人のために所有権移転請求権保全の仮登記が、次いで本訴提起後に住川から被控訴人への所有権移転の本登記がそれぞれなされたこと及び控訴人から福島への右所有権移転登記が売買を仮装して両者通謀の上したものであることはいずれも認めるが、福島から住川への右所有権移転登記が登記原因を欠くものであるとの事実は否認する。

二、福島から住川への上記所有権移転登記は、以下の経緯によりなされたものである。即ち、住川は昭和三九年中福島の依頼に応じ、福島に対する金融のため、福島宛に(1)金額二八万九、二〇〇円、満期昭和三九年七月三〇日、(2)金額三一万〇、五〇〇円、満期同年八月五日、(3)金額二七万八、五〇〇円、満期同年八月一五日、(4)金額三三万一、五〇〇円、満期同年八月二五日及び(5)金額二九万〇、三〇〇円、満期同年九月五日、以上合計一五〇万円の約束手形五通を振出し、これらの約束手形につき他から割引を受けることによって福島をして金融を得させたほか、同年八月下旬福島に小切手をもって金二〇万円を貸渡した。尤も住川は、福島から、上記五通の約束手形の見返りとして金額合計一五〇万円の約束手形五通の交付を受けたが、これらの約束手形はいずれも不渡りになった。そこで、右両名間で右一七〇万円の債権の決済について折衝した結果、同年九月二六日頃福島において右債務の履行に代えて本件土地の所有権を住川に移転する旨の約定が成立し、上記のとおり、本件土地について福島から住川への所有権移転登記がなされたのである。

三、被控訴人のためになされた上記所有権移転請求権保全の仮登記及び住川から被控訴人への上記所有権移転の本登記は、以下の経緯によりなされたものである。即ち、被控訴人は自己の義弟で住川の義弟にも当る訴外荒木貞夫の斡旋により同年一二月中旬住川から本件土地を代金二〇〇万円で買受けたものであるが、右売買契約の締結に際しては、事前に実地を調査し、同月一七日までに代金全額を支払って上記の所有権移転請求権保全の仮登記を了し、次いで、本訴提起後に所有権移転の本登記を経由したものであって、被控訴人は、本件土地買受当時本件土地が住川の所有であることにつき疑念を懐くことはなく、控訴人から福島への所有権移転登記が右両名間の通謀虚偽表示によるものであることについては善意であり、右事実を知らなかったことについて被控訴人にはなんらの過失もなかったのである。

証拠関係〈省略〉

理由

一、本件土地がもと控訴人の所有であって、右土地につき、それぞれ控訴人主張の日に、控訴人から福島に、福島から住川に、住川から被控訴人に順次控訴人主張のとおりの所有権移転登記が、また、被控訴人のために控訴人主張のとおりの所有権移転請求権保全の仮登記がなされていることは、当事者間に争いがない。

二、よって、右各登記が実体上の権利関係に符合せず、無効であるとの控訴人の主張について判断する。〈証拠〉を総合すると、電気製品販売業を営んでいた控訴人は、昭和三九年八月頃約一七〇万円の営業資金を必要とする事情にあったので、訴外岡田光雄(金融会社の役員)を通じて、妻福島貞子を営業名義人とし、プログレス電機製作所の商号で電気器具部品の製造業を営んでいる福島秀治に融資の斡旋方を依頼したが、その際、本件土地を担保に提供することを申出たところ、右福島の言によれば、同人の知人が東京都内にある芝信用金庫の役員をしており、本件土地を担保に提供すれば同金庫から二五〇万円位の借入が可能の見込であるとのことであったため、右金庫からの借入についての斡旋方を依頼したこと、その後同年九月上旬頃、福島は控訴人に対し、芝信用金庫側では融資をするについて借主が他県に居住する控訴人名義であるよりも同金庫の事務所の所在地である東京都内に工場を有する福島名義にする方が事務処理上便宜であるし、担保物件も借主名義にする方が都合がよいといっているから、本件土地の所有名義を自分に移してもらいたい旨申入れたので、控訴人は前記岡田光雄と相談の上、福島の右申出を承諾し、同年九月一〇日、本件土地について控訴人から福島への売買を原因とする上記所有権移転登記を経由したこと、その際福島は控訴人に対し、もし融資が得られない場合には本件土地の登記名義を直に控訴人に返還すべきことを約したのであるが、福島は結局融資を受けることができなかったことが認められ、他に以上の認定を覆えすに足りる証拠はない。右認定の事実によれば、控訴人から福島への上記所有権移転登記は権利関係の実体を伴わない虚偽の登記であって無効のものといわざるを得ない。

三、よって進んで控訴人が右登記の無効を被控訴人に対し主張することができるかどうかについて判断する。まず、〈証拠〉を総合すれば、福島は昭和三九年四、五月頃、看板塗装業を営む住川との間で各自の営業資金調達のために相互に融通手形の交換をしていたところ、住川振出の手形中にも一部不渡となったものがあったが、福島振出の手形で満期が到来した分は全部不渡となったので、住川は、福島に対し右不渡となった手形の決済を要求した外、福島振出の手形のうち同年九月二五日に満期の到来する金額合計五〇万円位の二通について期日における支払方を強く迫った結果、福島は、本件土地について自己名義の所有権取得登記を経由した後である同年九月二二日頃、住川が本件土地を担保として他から金員を借受け、右借受金をもって福島振出の手形の決済に充てることを承諾し、本件土地の所有名義が福島に移るに至った前記二において認定した経過についてはこれを秘した上で、住川に対し、本件土地の登記済証(乙第一号証の一)のほか、福島の実印を押捺した白紙委任状(乙第二号証の四)及び印鑑証明書(乙第二号証の五)を交付したこと、そこで住川は、訴外産宝商事株式会社に対して本件土地を担保に金借方を申入れたが、本件土地が住川の所有名義でないため、同会社において貸付に応じなかったので、改めて福島に対し本件土地の所有名義を自己に移すことについて承諾を求めたところ、福島は右申入を承諾するとともに、本件土地の処分を住川に任せたので、住川は同月二六日、福島から交付された上記書類を使用して福島から自己名義への所有権移転登記を経由し、同日上記産宝商事株式会社のために債権元本極度額金三〇〇万円の根抵当権を設定して同会社から金八〇万円を借受けたことが認められる。控訴人は、福島と住川との間には本件土地所有権の移転についての合意がなかったのにかかわらず、住川は擅に自己名義への所有権移転登記をしたものである旨主張するけれども、原審及び当審における差戻前被控訴人福島秀治本人尋問の結果のうち、右控訴人の主張に副う部分は、原審及び当審における差戻前被控訴人住川博本人尋問の結果に照し、たやすく採用することができず、他に控訴人の右主張を肯定し、上記の認定を左右するに足りる証拠はない。

次に、〈証拠〉を総合すると、住川は、上述したとおり、産宝商事株式会社から金八〇万円を借受けたけれども、右金額では福島振出の手形の決済資金としては不足であったので義弟の訴外荒木貞夫に依頼して本件土地の買受希望者を捜させたところ、右荒木は住川の本件土地売却の希望を被控訴人に伝え、被控訴人は、荒木とともに本件土地の実地調査をした上、同年一二月中旬頃荒木を代理人として住川との間に本件土地を代金二三〇万円で買受ける旨の契約を締結し、即日手付金三〇万円を住川に支払い、同月一七日、被控訴人、荒木立会のもとに残代金二〇〇万円を直接住川に支払い、なお、被控訴人としては本件不動産を更に他に転売するつもりであったので、便宜自己名義の所有権移転請求権保全の仮登記を経由したこと、而して右売買の成立にあたっては荒木も被控訴人も、ともに本件土地が住川の所有であることになにらの疑をもっていなかったことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。以上認定の事実によれば、被控訴人は、控訴人から福島への本件土地所有権移転の登記が実体のない虚偽の登記であることについては善意であり、しかもかく善意であったことにつき被控訴人には過失はなかったものといわざるを得ない。してみれば、控訴人は、善意の第三者である被控訴人に対し、本件土地所有権の福島に対する移転が虚偽仮装であることを理由として本件土地がなお自己の所有に属することを主張し、被控訴人の本件土地所有権の取得を否定することができないことは明らかというべく、本件土地がなお控訴人の所有に属することを前提とする控訴人の本訴請求は、当審における新たな請求をも含めて、爾余の争点についての判断を俟つまでもなく失当である。

四、よって、控訴人の本件係争仮登記の抹消登記手続を求める請求を棄却した原判決は結局において相当であるから、民事訴訟法第三八四条第二項の規定によって本件控訴を棄却すべく、訴訟費用の負担につき同法第九五条及び第八九条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 平賀健太 裁判官 石田実 安達昌彦)

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